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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)3013号 判決 1979年8月03日

主文

被告会社株式会社Tゴルフを罰金八〇〇万円に、被告人Kを懲役一〇月にそれぞれ処する。

被告人Kに対し、この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社及び被告人K両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は、東京都中央区に本店を置きゴルフ会員権の売買を目的とする資本金四七五〇万円の株式会社であり、被告人Kは、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人Kは被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上の一部を除外し簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和四七年一〇月一日から同四八年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億九二九一万四一六九円あつたのにかかわらず、同四八年一一月三〇日、所轄税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億〇八一七万四三二六円でこれに対する法人税額が三六六四万一二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額六七七六万七九〇〇円と右申告税額との差額三一一二万六七〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)<省略>

(逋脱所得の算定につき、いわゆる財産増減法によつた場合、財産項目のうち個々の項目を争う弁護人の主張に対する当裁判所の判断)

本件逋脱所得の算定につき、検察官はいわゆる財産増減法によつて立証しているが、弁護人は右財産増減法による立証については、刑事裁判の本質上、個々の財産項目の算定は実額によることを要し、一応の立証で足りる単なる推計では許容されないというべきところ、右項目のうち(一)現金、(二)商品、(三)仮払金、(四)代表者仮払金、(五)交際費損金算入限度超過額の各勘定科目に係る金額は実額であることが立証されていないから、逋脱所得の一部として認定することは事実誤認であると主張し争つているので、この点につき当裁判所の判断を示すこととする。

一現行法人税法は、所得金額の計算につき、法二二条において損益法計算原理を採用しているものと解されるが、従来から、企業会計の公正妥当な会計処理として(法人税法二二条四項参照)、貸借対照表による計算が併せ行なわれており、右両者によつて得られた数値は理論上一致するものとされるところから、税法上は、所得金額の正確な計算方法は損益計算法によつて行ない、かつ貸借対照表によつて験算するのが妥当と解されるところ、税法は損益計算法によつて所得金額を正確に計算することができない事情が存すれば、推計課税をなし得る旨規定(法一三一条)しているので、従つて、かかる事情があれば、右推計課税によつて得られる数値よりも、より一層正確な所得金額を計算し得る方法によつて所得金額を立証できれば、それ自体税法の趣旨に反しないということができるので、叙上の貸借対照表の方法により、または、それと基礎を同じくするいわゆる財産増減法によつて所得を立証することも法の許容するところと解される。

けだし、右財産増減法に基づいて個々の財産項目を算定することも、財産増減法の目的が、畢竟所得立証の手段であるから、それによつて被告会社の当該事業年度における実際所得金額の少なくともこれ以下ではないという最少限度が算出、認定できるものである限り、たとえ損益計算法によらなくとも何ら被告会社に不利益を与えるものではないので、それは右限度に基づく立証であることを要するし、また、個々の勘定科目が明らかにされているから、被告会社は右の各項目を争うことによつて逋脱所得とされた金額が争えるので、何ら被告会社の防禦に実質的な不利益を与えるものでもないからである。

ただ、この財産増減法は、純資産の把握に際し、当期の収益または費用によらないものが混入する危険が存すること等の事由があるため、その正確性の維持、確保につき格別の配慮が必要とされるのである。

ところで、財産増減法による所得の立証は、刑事裁判の本質上、個々の財産項目の算定も実額によることを要し、民事裁判におけるような一応の立証で足りる単なる推計をもつてしては許容されないものといわねばならない。しかしながら、個々の財産項目につき実額による立証を要するといつても、客観的事実を証明する直接証拠が存しない場合には、間接証拠を用いることによつて右事実の存在を事実上推定(推認)し、これを実額として認定することも許容し得る。けだし、それが合理的な推認であれば、訴訟法上、論理法則、経験法則に違背しない限りかかる採証方法は許容されるところから、右の方法による合理的な推認によつて、当該財産項目の数額の存在を認定できるからである。

しかし、そのためには、その存在につき、刑事裁判の本質上、確実な心証を得る程度に立証されることが必要である。推計課税のような一応の蓋然性の程度をもつて足りる推計とは全く本質を異にするものであるから、刑事裁判では、行政上の処分(更正・決定)のために認められた便宜的方法である単なる推計によることは許容されない。

それは、当該項目の金額が確実に存在していることにつき、通常人であれば誰でもが疑いを差し挾まない程度に真実らしいとの確信を得る必要がある。

しかして、過少申告にかかる租税逋脱犯が成立するためには、右の実際所得金額が存在し、行為者において右金額を概括的にも認識しながら、逋脱の意思をもつて、ことさらに虚偽過少の申告をすることの偽りその他不正の行為によつて、正規の法人税額と申告税額との差額を免れることを要するのである。

本件において検察官は、逋脱所得の算定につき、被告会社が原始伝票、会計帳簿を正確に作成せず、しかも作成されたものも破棄されているため損益計算法によることはできなかつた旨釈明するところ、証人査察官Nは、当公判廷において被告会社は簿外取引を行ない、右取引をBメモ帳という書面に記帳していたが、それ以外にも何ら右メモ帳に記帳しない取引が相当あり、それに簿外の資産から窺われるが、正確な帳簿が存在しないため確実な所得を把握できないところから本件は財産増減法によつた旨供述し、また、被告会社の経理担当者N女は係官に対し、Bメモ帳は備忘メモとして記載したものにすぎず、全部の取引を記載したものではなく、社長には右メモ帳を基にして、より正確なメモ書により報告していたが、右メモ書は社長が破棄した旨供述しており(収税官吏の質問てん末書)、被告人も当公判廷において、ほぼ右にそう供述をなしており、右の各証拠によれば、被告会社は正確な所得を算出し得る帳簿を備え付けていなかつたことが認められるので、損益計算法によつては所得金額を正確に計算し得ない事情を認めることができる。

二弁護人は本件につき、逋脱の意思をもつて売上の一部を除外し簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したことについてはこれを認めて争わず、この点は公判調書中の被告人の供述部分、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書、被告人の検察官に対する供述調書によつてこれを認めることができる。そこで次に叙上説示したところに拠つて、弁護人において争う前掲個々の勘定科目の金額につき判断することとする。

1  (現金)

(一) 弁護人は、被告会社の期首の簿外現金額は一〇〇〇万円であり、期末の簿外現金額は三九〇万円であるから、当期増減金額は六一〇万円を所得から減額すべきであるにも拘らず、検察官において簿外現金額につき、期首二〇〇万円、期末五九〇万円、当期増減金額は三九〇万円の増加分があつたと算定しているのは誤りである旨主張する。

検察官は、期首につき被告人管理分二〇〇万円、N女管理分〇円、合計額二〇〇万円、期末につき被告人管理分二〇〇万円、N女管理分三九〇万円合計額五九〇万円の差引当期簿外現金増加分三九〇万円を主張しているので、当期における被告人の管理していた期首の簿外現金は検察官の主張する二〇〇万円か、それとも弁護人の主張する一〇〇〇万円か、また期末につき検察官の主張する二〇〇万円が認められるか否かが争点であるので、この点につき判断を示すこととする。

(二) 被告人の捜査段階における供述によれば、当期の期首における簿外現金額につき、国税局係官に対し「このころは会員権の値上りが激しい時期であり、手持の余裕資金の大部分は会員権の簿外仕入に充てて在庫を多くしていたと思いますので、現金の手持はそうなかつたと思いますが、二〇〇万円程度の現金はあつたと思います。」旨供述し、期末の簿外現金額についても「このころは税務署による会社の第一期事業年度分の会社の法人税の調査が四八年五月ごろあり、また、会員権のブームも下り坂になつたことから、私の方針として、なるべく売上、仕入の除外をやらないようにするということでしたので、私の手許にあつた現金は少額であつたと思いますが、二〇〇万円程度の現金はあつたと思います」旨供述している事実が認められる。

更に、「私は会社の簿外資金、私の個人の現金と併せて、私の財布のなか、私の会社の机の抽出等に二〇〇万円程度の現金を常時用意していました」旨同趣旨の供述をしている。

これに反し、被告人の昭和五〇年三月一八日付質問てん末書によれば「現金はかなりあつたと思いますが、金額がどのくらいであつたかちよつとわかりません、私は常時このころ一〇〇〇万円程度の現金は用意して持つていましたので、一〇〇〇万円程度はあつたと思います」旨前掲供述と異なる供述も存在するが、しかし前掲供述がより具体的であるのに対し、右一〇〇〇万円とする根拠は具体的には何ら示しておらず、そのうえ、右供述も後に至つて「二〇〇万円程度あつたというように訂正して下さい」と申出でていることに徴しても、一〇〇〇万円を所持していた旨の右供述は採用できないといわねばならない。

また被告人は、当公判廷においても期首の現金は一〇〇〇万円前後はあつた旨供述しており、査察官に対し二〇〇万円と供述したのは手持ちの金額が少ないほうが有利だといわれてそのとおりに供述したとか、当時、府中、読売、桜ケ丘、戸塚、横浜、磯子など五〇〇万円乃至八〇〇万円の会員権が良く動いていたのでそれの仕入の必要上常時一〇〇〇万円位簿外現金を持つていた旨供述している。

しかしながら、査察官である証人Nの当公判廷における供述によれば、被告会社の簿外期首商品棚卸高につき、被告人の申立てたゴルフ会員権の本数が関係証拠と対比して少なかつたところから、それでは被告人に不利益であるとして、かえつて増加させた事実も認められるのみならず、いわゆる財産増減法による逋脱所得の立証に際し、簿外現金の算出につき、専ら被告人の供述によつて算定するときには、特段の理由がないのに期首在高と対比して期末在高が著しく多額であるというような事実の認められない限り、係官において恣意的に期首簿外現金を算定することはあり得ないとみるのが相当であり、まして、本件につき期首、期末の簿外現金額が同額であることからすれば、この点に関する弁護人の、手持現金が少ない方が有利であると査察官からいわれたというような事実は存在しなかつたものといわなければならない。

また、Bメモ帳によれば、被告会社の簿外会員権在庫四五本中には被告人の主張するような府中、読売、戸塚等の高額なものが存在していた事実は認められない。更に、被告会社の総勘定元帳、N女の質問てん末書、Bメモ帳によれば、被告会社が昭和四七年一〇月三日金融業者N商事から月五分ないし月六分の金利で一〇〇〇万円を借入れたこと、Bメモ帳の同四七年一一月九日欄には被告会社の経理係N女が被告人からの受入が五万円であり、被告人に対し同日の売上金から一〇〇万円を手交した旨の記載が認められるところからすれば、若し、弁護人の主張するように、被告会社が一〇〇〇万円の簿外現金を所持していたとすれば、右のような高利で金員を借りることや、被告人が同年一一月一〇日から入院するに際し、経理を預かるN女に僅か五万円しか渡さなかつたり、当日の売上金の中から一〇〇万円を持ち出したりすることは到底考えられないといわねばならない。

これらの事実を併せ考えればこの点に関する被告人の当公判廷における供述は措信できない。

以上の事実を総合すれば、被告会社の期首及び期末の現金在高中、被告人の所持する金額はいずれも二〇〇万円であつたと認めるのが相当である。

(三) なお弁護人は、所持現金額については、帳簿等の物証が無く、被告人の記憶のみが唯一の証拠であるが、このこと自体刑訴法三一九条二項に違反する虞れがある旨主張する。しかし、本体は対象年度における真実の所得額がいくらであるか、それに対し逋脱所得額、逋脱税額がいくらであるかを審判の対象とするものであつて、所得額を一体として審理するものであり、所得形成の基礎となる個々の会計上の事実が他と切りはなされて、それぞれ独立して審判の対象とするものではないから、ある特定の勘定科目が被告人の供述のみに基づいて認定されたとしても、それ自体を以て刑訴法三一九条二項に違反することにはならない。従つて弁護人の主張はいずれも理由がない。

2  (期首の簿外商品勘定)

(一) 検察官は、被告会社の期首簿外商品(ゴルフ会員権)高は、六八九五万円である旨主張するところ、弁護人は、被告会社の期首簿外商品勘定は八三七九万三〇〇〇円であるから、一四八四万三〇〇〇円を所得から減額すべきである旨主張する。

検察官の右主張の根拠は、被告会社が期首の簿外在庫の明細を記帳しておらず、被告会社の期首簿外商品たな卸高の金額を直接確定する証拠はなかつたが、被告会社経理係N女が記帳していたBメモ帳(昭和四七年一一月九日から同四九年一一月一二日までの間の被告会社の簿外ゴルフ会員権の売上、仕入などを記帳するもの)により、同四七年一一月八日現在の被告会社の簿外ゴルフ会員権在庫数が合計四五本であると確定され被告人もこれを認めたが、右四五本の実際仕入金額を確定できる記録がなかつたため、右四五本の会員権と同一の銘柄が公表上同時期に相当数仕入られている事実、及び同四七年一〇月三一日現在の公表上の在庫として存在するゴルフ会員権は、概ね同年八月、九月、一〇月の三ケ月間に仕入れられている事実が認められたので、右四五本のゴルフ会員権のうち公表上仕入れがある銘柄については、被告会社に有利になるように一一月八日に最も近い時期における公表上仕入れのうちでも最も高い金額で評価し、公表上仕入れのないゴルフ会員権は、業界の最大手であるNゴルフ会作成の相場表の一〇月平均価格で評価し、一一月八日現在の簿外ゴルフ会員権の金額を七四九五万円と確定したものである。しかして、期首の簿外預金額と一一月八日現在の簿外預金額に殆んど変動がなく、当時のゴルフ会員権相場は急激に値上りしている状況にあつた事実に徴し、被告会社の期首から一一月八日現在までの簿外利益はすべて簿外ゴルフ会員権の仕入れに充てた旨の被告人の供述もあり、そこで、右七四九五万円から、被告人において八%の利益率によつて販売していたので右簿外利益は六〇〇万円である旨供述しているところから、右六〇〇万円を差引くことによる六八九五万円を以て期首簿外商品金額と確定したものである旨主張する。

この点につき、弁護人は次のとおり主張する。すなわち、昭和四七年一一月八日現在の簿外ゴルフ会員権在庫数及びその明細は争わないが、四五本の仕入時期が明確ではなく、すべて一一月八日に仕入れられた可能性もあるので、被告会社の利益に一一月八日に仕入れられたものとし、相場表の一〇月中値から一一月中値までの上昇額を日割計算で比例配分して、一一月八日現在の相場を推計し、その額で評価すべきである。期首から一一月八日までの簿外利益をすべて簿外ゴルフ会員権の仕入れに充てたとする証拠はなく、また簿外利益額も確定し得ないので検察官主張の確定方法は誤りである。

要するに、検察官の主張する計算方法について、検察官は公表にて仕入れのある会員権については公表仕入価格により、また公表にて仕入れのない会員権については相場表による一〇月中値によつて算出しているが、この算式が妥当でないことは、第一に、相場表は価格の一般的趨勢であり、個々の取引価格と合致するものではないから、相場表の数値を利用する際に、利用数値の数が多ければ多い程実際価格との近接性を期待できるが、その数が少なければ実際価格との乖離がより大きくなるのであるから、本件においても、公表仕入れのある簿外会員権をも含めて本件四五本につき、全て相場表の数値を用いて算定すべきである。第二に、四五本の会員権の仕入時期が不明であり、理論上、全部を一一月八日に仕入れることも可能であつて、実際にも、公表取引上存在した昭和四七年九月三〇日現在の在庫三二本をみても、内二八本は九月中に仕入れられており、従つて大部分(八七%)は一ケ月以内の仕入れである。そのため、一一月八日現在の簿外会員権の仕入時期は、最長一ケ月、全体としては、それ以内であつたと認定するのが合理的である。そうだとすれば、一一月八日現在の在庫会員権の価格評価につき、相場表の一〇月中値、即ち一〇月一五日前後の価格を採用することは、一一月八日時点の評価額は明らかに一〇月中値の評価額より高いのであるから被告人に不利であり、「疑わしきは罰せず」の基本理念に照らし違法である。第三に、実際の仕入額は相場表の価格に五〜一〇%加算されるといわれているので、相場表の価格による仕入原価の算出は、この点からも被告人に不利益である。第四に、検察官の算定をみると、四五本のうち、一〇月中値によつたもの二四本、一〇月一六日以降の公表仕入価格によつたもの一二本、一〇月一五日以前の公表仕入価格によつたもの九本であるから、相場表の一〇月中値によつて評価することが不当だとすれば、四五本のうち二四本(五三%)がこれに該当する。また、右九本についても、一〇月一五日以前に仕入れられた明確な証拠もなく、寧ろ全体としては一〇月中旬以降であるとの情況もあり、会員券は毎月一〇%〜一五%値上りしていたという事実から判断すれば、明らかに安く評価されていると推定される。そうだとすれば、四五本のうち少なくとも三三本については評価方法が妥当ではない。第五に、検察官の評価方法にはいくつかの合理的な疑問があり、その結果が被告人に不利であるから、「疑わしきは罰せず」の基本理念に従い、一一月八日に仕入れられたものとし、相場表の一〇月中値から一一月中値までの上昇額を日割計算で比例配分し、一一月八日現在の相場を推計すると、被告会社の期首簿外商品は八三七九万三〇〇〇円となるので、この額によつて算定すべきである。

また、検察官は、一一月八日簿外会員権価額から期首の評価額を算出するために利益六〇〇万円が差引かるべきである旨主張するが、この金額に関する物証は存在しないし、被告人の質問てん末書があるだけであるが、それによれば、利益がたな卸高の八%程度と供述されており、たな卸高が七四九五万円ということから約六〇〇万円と思うという供述にとどまるのであつて、右は、七四九五万円の金額自体疑問であるのみならず、通常利益が売上高から算出されるという公知の事実からも納得できないし、更に、右供述が合理的であるためには、当該期間(三八日間)にたな卸在庫が一回転したという事実がなければならないのに、そのような事実を証する証拠もない。以上の理由から、被告人の供述は、当該期間の利益を算出するために大蔵事務官が形式的に調書を作成したにすぎず、全く信憑性がない。また利益率がそのとおりであつたとしても、被告人には簿外で生じた利益を会員権の購入のほかに、簿外給料、交通費等にも充当していたのであるから、この事実を無視して利益を全て商品購入に向けられたと認定することは、個々の財産項目の算定は実額によることを要し、一応の立証で足りる単なる推計では許容されないという原則に違反することになる旨主張する。

(二) Bメモ帳、証人Nの当公判廷における供述、N作成の調査書「コース別売上、仕入調べ」、被告人の当公判廷における供述によれば、被告会社の期首簿外商品であるゴルフ会員権が四五本存在していたことは認められるが、その仕入価額は明らかではない。そこで右簿外会員権の価額の評価について検討するに、検察官の主張する算定方法によれば、公表上仕入れがある銘柄の会員権については公表価格に、そして不明なものについては一〇月中値の相場表によつているので、一応は右主張する程度の金額が存在するのではなかろうかとの蓋然性は認められる。

しかしながら四五本の仕入時期が明らかではない。ただ、公表上仕入れがある銘柄については、その当時は、未だ急激な値上りが相場表からみても窺われないところから、特段の理由のない限り、簿外の同一銘柄も、ほぼ同一の金額でその頃仕入れをしたと考えても何等不合理ではない。そこで右の銘柄については、一一月八日に最も近い時期における公表仕入れのうちでも最も高い金額で評価することによつて被告会社の利益に算定することとして、少なくとも、その価格による仕入れがあつたものと推認することは合理性があるというべきである。

従つて、検察官の算定方法のうち、公表上仕入れがある銘柄二一本については、右の方法により評価することとし、前掲証拠による公表価格を以て算定すれば、別表(三)の一のとおり計三七五〇万円を認めることができる。

次に、公表仕入れのない銘柄につき算定の根拠となつたNゴルフ会作成の相場表につき検討するに、検察官は一〇月平均価格で評価すべきであると主張し、弁護人は一一月八日に仕入れられた可能性もあるから、一〇月中値から一一月中値までの上昇額を日割計算で比例配分し推計すべきである旨主張する。

公表のコース別受払台帳、N作成の調査書によれば、販売された会員権も、一ケ月以内の仕入れも少なくなく、なかには旬日を経ずして仕入れた品が販売されている事実も認めることができる。

そうすると、一〇月中値の相場表によつて算定評価された簿外会員権のうちには、一一月に入つて仕入れたものも存在していると推認することも可能であるのみならず、Nゴルフ会作成の相場表の一〇月中値と、同表一一月中値とを対比すれば、後者の方が高額であるものが少なくないから、従つて、すべて一〇月中値の相場表で評価した算定方法は、その中に、少なくともそれより高い価格で仕入れられたものが、低い価格で評価算定されて混在していると推認することもできる。また、実際の仕入価格が相場表どおりに必ず仕入れられるものでもないことは、前掲調査書や公表の帳簿書類等の価格と相場表のそれとを対比すれば明らかであるから、公表にない銘柄のものは相場表で評価して簿外会員権価格を算定することは、一応の蓋然性を有する価格を算定する目安とはなり得ても、前述のように低い価格で評価される部分が混在していることを併せ考えれば、検察官の主張する金額を以て必ずしも被告人に不利益な評価方法ではないといい得ないのみならず、かえつて、まだそれ以上の簿外会員権の価額の存在すら推認し得るのである。

従つて、叙上説示したように、財産項目の算定については、一応の立証では足りず、実額によることを要するが、それは直接証拠が存しない場合には間接証拠によつて推認しても差支えないが、それは合理的な推認であることを要すると解すべきであるから、そうだとすれば、右の相場表による算定の方法は合理性に疑問があり、それは寧ろ、一応の蓋然性を示す推計計算といわざるを得ない。

それでは翻つて、弁護人の主張するように、すべて相場表を基にして、一一月八日現在の簿外会員権の価格を評価算定することが妥当か否かを検討してみよう。

叙上認定のように、相場表は必ずしも実際の仕入価格を表わすものでもなく、また一〇月中の仕入れが相当数推認(事実上の推定)されるのであるから、それをすべて一一月八日に仕入れたものとすることは、いたつて不合理である。更に、弁護人主張のように相場表の一〇月中値から一一月中値までの上昇額を日割計算を以て比例配分し一一月八日現在の相場を推計することは、相場表が必ずしも実額を表わすものではないことは叙上認定したとおりであるから、推計課税のような行政処分(更正、決定)における一応の蓋然性を立証する場合ならばとも角、刑事裁判においては、その本質上、許容されないといわなければならない。

(三) しかも、たな卸資産の評価方法如何は、それによつて、当該事業年度の所得の算出に直接影響を生ずるのであるから、法は被告会社の恣意を許さず、税法所定の方法によるべきことを厳格に要求しているのである(法人税法二九条、同法施行令二八条)。従つて、たな卸資産の評価については、先ず法令の定めによるべきことを要するところ、本件簿外会員権のうち二四本の仕入価格がすべて不明であることは叙上認定のとおりであるから、仕入価格が明らかであることを前提とする評価方法は採用し得ないし、また、右二四本は公表帳簿に同一銘柄として仕入が記載されていない種類の簿外分であるから、公表価格を前提とする評価方法をとることもできない。

しかしながら、本件簿外とされた四五本分の会員権は、その後すべて、そう長い期間ではなくして悉く販売されていることが認められるのであるから、従つて、二四本分すべての売価を実額で確定することは可能である。そうすると、法人税法施行令二八条一項一号チの売価還元法(期末たな卸資産の通常の販売価額の総額に原価率を乗じて計算した金額をその取得価額とする方法)によつて評価することも考えられる。しかし、本件は当期仕入高、当期売上高等が不明であるから、「原価率」を算定し得ないので、正確に売価還元法によることは得ない。

しかれども、右税法の定めたたな卸評価方法を準用することによつて、それが法の意図した目的に反せず、少なくとも実額を表わすものと事実上推定(推認)し得るものであつて、しかも右の方法を採ることにつき被告人に何ら不利益を与えない限り、かかる方法を採ることが許されないと解すべき理由は存しないといえよう。

そうだとすれば、「原価率」に代るものとして、被告人は利益は八%程度はあつた旨供述しており、また前掲公表の帳簿書類等をみても、仕入価格と対比して少なくとも販売価格に八%以上の利益が含まれているものが多いと認められるので、従つて、右八%を以て、相場表によつて計算すべきであるとされた二四本の実際販売価額の総額に乗じて荒利益額を算出し、右金額を実際販売高から控除することによつて、仕入原価を推認することができる。それは法令にいう期末たな卸資産の通常販売価額の総額から原価率を乗じて期末たな卸資産の取得価額を得る「売価還元法」に類する方法ということができる。

しかして、Bメモ帳、調査書、コース別受払台帳、証人Nの当公判廷における供述によれば、右二四本の実際販売価額が別表(三)の二のとおり、四七一八万円であることが認められる。また、当時、ゴルフ会員権が一般的には上昇期にあつたので、実際販売価格に基づいて算定したとしても、被告会社にとつては利益であつても、何ら不利益とは考えられない。そして右は別表(三)の二掲記のとおり、昭和四七年一一月九日から同四八年一月二〇日までの二ケ月程の間の販売であるが、上昇期といつても、右期間は同一銘柄のその間の取引価格を対比しても急激な値上りも当時は窺われず(例えば「アジア下館」をみると、47.11.9付二〇〇万円、同11.17付二〇〇万円、同12.21付一九〇万円、48.1.20付二〇〇万円のほゞ同一価格で販売されている)、従つて、実際販売価額を基準とし、それを通常販売価額と認めても不合理ではない。

このように考えれば、右の方法による評価は合理性があるといえるし、正確性を有しているので税法の目的に反しないので、二四本の簿外分については右の方法によることとした。

Nゴルフ会作成の相場表によることは、前述したように必ずしも通常の販売価額を表わすともいえず、また、一〇月中値と、一一月中値のいずれを採るべきかについても問題があるので、従つて右相場表によることは、一般の課税処分における推計課税の場合なら格別、刑事事件たる本件においては採用しないこととした。

そうすると、二四本の簿外会員権の実際販売価額四七一八万円に八%を乗じた額三七七万四四〇〇円を、右価額から控除すると四三四〇万五六〇〇円となる。

しかして、右二四本分にかかる金額と、公表と同一の銘柄二一本分にかかる金額三七五〇万円とを合計すると、総金額は八〇九〇万五六〇〇円となる。

(四) ところで被告人は簿外利益はすべて簿外会員権の仕入に充てた旨供述しており、しかして、期首の簿外預金額と同四七年一一月八日現在のそれとを対比しても殆んど変動がないこと、同年一〇月三日金融業者からゴルフ会員権仕入資金として、一〇〇〇万円を借入れ公表計上していること、当時ゴルフ会員権は、将来値上りが相当に見込まれていたことなどの事実に徴すれば、右被告人の査察官に対する供述は信憑性があるといわねばならない。また、一一月八日のたな卸資産の額をもつて、そのまゝ一〇月一日の期首のたな卸資産の額と同一とみることは、その間に多くの取引が存在することからも、いたつて不合理である。そこで期首から一一月八日までの簿外利益額を一一月八日現在の簿外商品額から控除して期首の簿外商品たな卸額とすべきこととなる。

しかして被告人は、簿外利益額につき、たな卸高を検察官の主張する七四九五万円としてその八%約六〇〇万円である旨供述しているが、証人Nの当公判廷における供述によれば、Bメモ帳により簿外の売上利益率を算出し、一一月九日から一一月三〇日までの売上高及び利益を算出して、控え目に見ても一〇月一日から一一月八日迄の利益が六〇〇万円あると判断した旨供述しているところよりみても、少なくとも六〇〇万円以上の簿外利益が存在することは充分推認し得る。従つて、右六〇〇万円は前記一一月八日のたな卸高から控除する必要がある。

なお弁護人は、簿外で生じた利益が全て商品購入に向けられたとの保証はなく、会員権の購入の他に簿外給料、交通費、福利厚生費、残業手当等の経費にも充当していたのであるから、この事実を無視して利益を全て商品購入に向けられたと認定することは単なる推計であつて違法である旨主張する。

しかしながら、通常、物品を販売する際、仕入原価に何%の利益率を乗ずるとか、売価には何%の利益を含ましめて販売するという場合に、その利益とは、いわゆる「荒利益」をいい、事業主体によつて個別事情により異なる給料、交通費、福利厚生費、残業手当等の経費があれば、それは右荒利益から支出されるものではあるが、取引の過程において、営利を目的とする企業としては、特段の理由がない限り、右荒利益が出れば、投下資本となつて次の仕入商品に通常化体されていくと考えるのが一般である。

弁護人の挙げる経費は、恒常費として、利益の有無に拘らず支出されるのが通常であつて、簿外利益からのみ簿外費用を支出しなければならぬこともない。更に、商品仕入値段が上昇し、場合によつては急騰することが相当見込まれる事情が存在すれば、たとえ他の支出を押えても、その資金を以て再び商品仕入をなし、収益を図ろうとするのが企業の一般の状態といえるから、本件が近く会員権価格の上昇が見込まれ、被告会社において仕入資金として当時、一〇〇〇万円の借入金計上が存在していたことを併せみれば、簿外利益を仕入商品に向けたとする被告人の供述は信用できるといわねばならない。また、右六〇〇万円の金額は内輪の金額であるから、これ以外の荒利益分を以つて必要な費用に充てたと推認することもできる。従つて、本件は、少なくとも簿外利益額六〇〇万円が存在し、これを前記期間内に簿外ゴルフ会員権の仕入れに充てたものと推認し得る。

(四) そこで期首の簿外商品勘定の金額については、叙上認定した公表と同一銘柄二一本分三七五〇万円と、実際販売価額によつた二四本分四三四〇万五六〇〇円の合計額八〇九〇万五六〇〇円から六〇〇万円を控除した七四九〇万五六〇〇円を以て同金額とするのが相当であるから、検察官の主張する期首たな卸金額と右金額との差額五九五万五六〇〇円を逋脱所得金額より控除することとした。

3  (仮払金勘定)

(一) 検察官は、被告会社の簿外資金から株式会社Tウイークリーの社員A、同Bに対し、簿外給料・簿外食事費として支出した合計一五万一六六六円は被告会社の簿外経費ではなく仮払金であるので所得に加算すべき旨主張する。

これに対し弁護人は、右A、B両名は昭和四八年九月分以降Tウイークリーの社員となつて公表の給与の支給を受けているとしても、その後においても、被告会社の業務を担当しており、被告会社に対する労務の対価として支払われたものであるから、右一五万一六六六円は、被告会社の簿外費用であり仮払金ではない旨主張するので、この点につき判断することとする。

(二) 証人A、同B、同C、同Nの各当公判廷における供述、被告人の当公判廷における供述、N女の検察官に対する供述調書、賃金台帳一綴、賃金台帳二綴、N女作成の各上申書、自動車検査証写、登記官T作成の登記簿謄本によれば、A、Bの両名は、昭和四八年八月分の給与までは被告会社の従業員として同社から公表の給与をもらい、また簿外給与、簿外食事費等をも受けていたこと、被告会社の業務の内、平日会員権取引部分のみを独立させて昭和四八年八月一〇日にTウイークリーが設立され、被告人が専ら出資して同社の代表取締役をも兼任していたこと、右会社設立に伴い、被告人の命を受け、A、Bの両名が右Tウイークリーの業務に従事するようになり、同年九月分給与から、右Tウイークリーより公表の給与が支給されていたこと、Aはその後も被告人の命を受けて被告会社の業務にも従事したこと、Bは、被告人の通勤送迎のため被告会社所有の自動車を運転しており、その後においても被告会社当時と業務内容に変更がなかつたこと、右両名はTウイークリーから給与の支給を受けるようになつた際、別に被告会社から退職金の支給を受けていないと推認されること、元被告会社の従業員でAとともに被告人の命によりTウイークリーに勤務した証人Cは当公判廷において、当時「出向」と思つていた旨供述していること、被告人はA、Bの両名に対し被告会社またはTウイークリーの意識なく従来どおり簿外給与等を支給していたこと、Tウイークリーでは簿外取引は無く、簿外費用の支給も一切無かつたことの各事実を認めることができる。

更に、証人A、同Bの当公判廷における各供述によれば、AはTウイークリーに移つた後も得意先の引継ぎもせず、また、ゴルフ正会員権についての業務も被告会社のために行つていたこと、A自身、被告会社もTウイークリーも一緒と考え、寧ろ、被告会社をもつて本社のようなものと意識して毎日仕事が終ると被告会社の営業所へ行つていたこと、裏給与は殆んど被告会社で受取つていたことが認められ、また、Bも、Tウイークリーから給与を受領するようになつた後においても、業務内容は従前と全く同じ被告会社の自動車を運転し被告人を同様に送迎していたこと、B自身、被告会社とTウイークリーの仕事を区別して意識していなかつたこと、特に、ウイークリーとかゴルフとかその会社だけの仕事をやるということはなく、強いていえばウイークリーの人が少人数のため昼間はウイークリーに居るように心掛けていたと供述していることの各事実が認められる。

右各事実を総合すれば、Tウイークリーは被告会社の業務の一部を担当するために設立された被告会社のいわゆる子会社と認められる。そしてA、Bの両名は、被告人の命を受けて、籍をもとのところに置いたまゝでTウイークリーに勤めたものと認められ、それは、被告会社からのいわゆる「出向」として勤務していたものと認めることができる。

(三) そこで税法上、「出向」使用人に対し簿外給与や簿外食事費を、出向元法人(被告会社)の代表者であり、かつ出向先法人(Tウイークリー)の代表者でもある被告人が支給した場合に、これをどのように処理すべきかが問題となる。

ところで検察官は、右両名がTウイークリーの正式の社員となり同社から給与の支給を受けているのであるから、Tウイークリーが被告会社に代つて正会員権売買の手続をしてやつたとしても、両会社の資本、経営主が同一であることからすれば、両会社相互間の事務処理の援助に過ぎず、一方の会社の社員が他方の会社の業務を行つたと評価すべき筋合ではなく、仮に業務を行つたと評価すべきものであつたとしても、被告会社のみが一方的にその対価を支払わねばならぬ理由はなく、従つて、右両名は、Tウイークリー設立後は、同会社の業務のみに従事していたもので、いかなる意味においても被告会社が簿外経費を支払う関係はなかつたものである旨主張する。

しかしながら、被告会社とTウイークリーの関係は資本、経営主の同一、業務内容からみれば、いわゆる親子会社とみるべきである。そして子会社Tウイークリー設立の目的が、親会社の業務遂行の必要上、親会社の業務部門の一部を独立させたものであるところ、一般に、子会社に対し親会社の使用人を派遣することが多いが、それには、親会社との雇傭関係を全く断つて転籍させる場合と、親会社との基本的雇傭関係たる籍はもとのところに置いたまゝで子会社に派遣させる場合、いわゆる出向とがある。

転籍の場合には、まさに検察官の指摘するように、被告会社のみが一方的にその対価を支払わねばならぬ理由はないというべきではあるが、出向の場合は、これと異なり、使用人と親会社との基本的雇傭関係は維持されている。もともと出向元法人の業務遂行の都合から使用人を出向させるものであるから、出向先法人において、出向使用人に対し支給する給与が、出向元法人に勤務していた当時の給与との間に較差がある場合、それを補てんするために、出向した使用人に対し出向元法人からも給与差額の補てんがなされることがあるが、それは、元来出向元法人の業務遂行の必要上出向させたのであるから、右較差補てんのため支給した部分の金額は出向元法人の損金たる費用に算入し得る(法人税法二二条三項二号)と解するを相当とする。

これを本件についてみるに、叙上認定のとおりA、Bの両名に対する被告会社との関係は「出向」として認めるのが相当であるから、税法上、被告会社の両名に対する簿外給与等の支給については、Tウイークリーにおいて簿外給与等の支給が存在しないので、被告人において、従来どおり両名に支給していた簿外分は、出向先法人たるTウイークリーの給与条件の較差を補てんするため、被告会社において出向した使用人に対する給与差額の補てんと認めるを相当とする。

従つて、本件仮払金勘定は、被告会社の簿外費用(法人税法二二条三項二号)と認められるから、所得に加算し得ないので右金額一五万一六六六円にかかる仮払金勘定は資産勘定から控除することとした。

4  (代表者仮払金)

(一) 弁護人は、検察官において被告会社の簿外資金が被告人に交付された昭和四七年九月二二日付の二〇〇万円、同四八年三月一七日付の三〇〇万円、同年四月一八日付の一〇〇万円につき、これらは被告人の個人的用途に費消されたものであるから代表者仮払金として所得に加算すべき旨の主張(過年度二〇〇万円当期増加金額四〇〇万円)に対し、右金額のうち、四月一八日に受取つた一〇〇万円のうちの五〇万円については個人的用途に費消したことは認めるものの、その余の金額につき、金銭の支出は認めるが支出目的が明確ではなく、簿外経費に支出された可能性もあるから、結局三五〇万円は代表者仮払金とはならず、所得から減算すべき旨主張する。

(二) Bメモ帳、証人Nの当公判廷における供述、被告人の当公判廷における供述によれば、前記各金員が被告会社の簿外資金を管理していたN女から被告人に対し交付されたことが認められ、右金員の被告人受領の点については弁護人もこれを認めて争わない。

おもうに、法人が業務遂行に必要な対価の支払ではなく、年度の途中において、役員に対し、予め支給が規定上定められていないのに臨時に定額でない金員を支給した場合には、その使途が不明であつたとしても、法人税法上は利益処分としての役員賞与と解すべきであるから、それは会計処理上「代表者勘定」ないし「代表者仮払金」として資金勘定に計上すべきが相当である。

これにつき弁護人は、本件金員の支出時期が被告人において海外に旅行する直前であつたから、それは留守中の被告会社の諸経費の支払に対処するために費消されたものとみるべきであり、また、右金員のうち、一〇〇万円についてはドル(〓三七五〇)に交換されている旨Bメモに記載されているところからみれば海外に持ち出されたものとおもわれるが、被告人が右金員受領の直後の五月四日に台湾へ社員旅行し、社員に慰労金を手交しているから、右一〇〇万円のうち、少なくとも五〇万円については会社簿外経費に費消されたものとみるべきである旨主張する。

しかしながら、被告人において海外旅行した場合に、その旅行が被告会社の業務遂行の必要上によるものであれば、右事前の金員の交付も会社の費用のための支出と推認することもできるが、本件被告人の海外旅行は業務遂行とは認め難く、また、若し、旅行に際し、留守中の未払費用の処理のためであれば、通常は留守を預る者に預託しておくと考えるべきであろう。更に、被告人は海外旅行に際しドルに交換して持参していた事実が認められ、弁護人の掲げる台湾への社員旅行日(昭和四八年五月四日〜同五月六日)の以前である昭和四八年四月一九日から同月二三日まで被告人において韓国へ旅行していた事実が認められるので、右一〇〇万円をドルに交換したことを以て、直ちに台湾への社員旅行における慰労金と結び付けることは困難である。かえつて、弁護人の主張する社員旅行慰労金については、福利厚生費の簿外支出として後記五、「交際費損金算入限度超過額」において別途考慮しているところである。

また、弁護人は、簿外経費として給与、残業食事代及びタクシー代、賞与、歩合給、社員還元金支給、支払手数料、福利厚生費が支払われている事実から推測して、旅行直前の金銭支払はこれらに充てられたものと判断するのが合理的であると主張する。しかし右金員が、その支払額、支払時期、支払形態等からみれば本件代表者仮払金と直接結びついて右支払のために仮払として支出されたと認めることはできず、結局、使途不明といわざるを得ない。

以上のとおり、本件金員の被告人に対する授受については、簿外費用の支出と推認することはできないので、結局、代表者である被告人に対し交付された使途不明の金員であるというべきであるから、それは利益処分としての役員賞与と認められ、従つて、「代表者仮払金」として資産に計上し所得に加算するのが相当であるから、この点に関する弁護人の主張は失当である。

5  (交際費損金算入限度超過額勘定)

(一) 検察官は、被告会社の簿外交際費は五八七万円であり、公表支出分が四八七万六四九九円であるから、税法所定の規定に従い計算すると交際費損金算入限度超過額が五八七万円となるので、この金額を益金に加算する旨主張するところ、弁護人は、被告会社の簿外交際費は一四万四五五〇円に過ぎない旨主張する。

(二) 被告人の昭和五〇年一〇月七日付質問てん末書によれば、「会社の第二期事業年度においては、会員権業界の一番好況の時でしたので、一週間のうち五日くらいは接待をしており、一回平均七万円ぐらいの支出をしていましたので、一週間五日のうち三日ぐらいは簿外で支払つていました。この間一回の支払いが七万円以下の時もたびたびありましたので、私の計算では簿外交際費の支払いは一ケ月平均六〇万円から七〇万円で一年間で少なくとも八〇〇万円は使つていると思います」旨の供述があり、また、被告人の昭和五〇年一二月一六日付質問てん末書にも同旨の供述がある。更に被告人の昭和五〇年一二月一八日付質問てん末書によれば、当期の簿外交際費を八〇〇万円と述べたうち二一三万円が福利厚生費であつて、その他が簿外交際費である旨訂正して供述しており、これらによれば数額的には一応検察官の主張にそうかの如き供述が認められる。

しかしながら、被告人は当公判廷において、右供述調書は査察官の調査の際、接待は週に多いときは五回くらい、一日に七万円位使つたこともある旨査察官に対し供述したところ、その片言隻句を捉えて前記のような調書に記載されて仕舞つたものである旨供述し、また、接待費についても別に公表とか簿外とかを意識して支出したわけでもなく、週平均二、三回であり、一回当りの代金も平均四、五万円であつたし、接待先は同業者、法人関係担当者とか従業員もあり、接待場所は銀座、新宿、高輪等のクラブ、バー、レストラン等であるが、しかし昭和四七年一一月一〇日から一一月二二日までの間、肝炎により聖路加国際病院に入院して治療を受け、退院後も医者から禁酒を命ぜられたため、三、四ケ月程は安静にしていた旨供述し、前掲質問てん末書中の回数、金額を否認している。

(三) ところで、平常被告人と行動を共にしていた被告会社の運転手である証人Bは、当公判廷において、被告人の行つた接待回数については週二、三回ということが大体適当とおもうと供述し、社長(被告人)の体調の悪い時は全然出掛けなかつた旨右被告人の供述にそう供述をなしている。また診断書によれば、被告人は昭和四七年一一月一〇日より一一月二二日までの間、聖路加国際病院に入院し肝炎の治療を受けていた事実が認められる。

更に、被告会社の公表帳簿である第二期、第三期総勘定元帳、Tウイークリー第一期総勘定元帳によれば、被告会社、Tウイークリーの公表交際接待費につき一回当たりの接待費に要した金員は四、五万円が殆んどであり、多額の場合は、毎月末に数回分をまとめて支払つたものと窺われること、被告会社の毎月平均公表交際接待費は約四〇万円程度と認められる。更に、簿外交際費判明分とされたK女回答書、M女回答書によつても、一回の金額は三、四万円が殆んどであつて、七万円という金額は見当たらない。

これに反して証人Cの当公判廷における供述によれば、被告人は週四、五回程接待していた旨述べているが(第六回)、しかしながら同人は被告人と同行したのは僅か一回に過ぎないと述べ、しかも、一番良く被告人の接待回数を知悉しているのは被告人の運転手であるBであると供述しているが、右Bの供述は前記のとおり週二、三回と申立てていることと対比すれば、右Cの週四、五回接待した旨の供述は措信できない。

右各事実を総合すれば、被告人の接待回数は公表、簿外を含めて週二、三回であり、金額も一回当たり四万円程度と認めるのが相当である。

公表分に比し簿外支払分のみが多額であつたというようなことは、前掲簿外判明分回答書と対比し信用できないし、その回数についても、肝炎治療のために入院した者が、週平均五回、いわゆるハシゴ酒と称する飲み方をして、当事業年度中一年間に亘つて行つていたと考えることがあるとすれば、そのこと自体、いたつて不自然不合理であるから、右認定に反する証人Dの当公判廷における供述は前掲各証拠に照らし措信できない。

そこで叙上認定のように、公表、簿外分双方を含めて週二、三回、一回当たり約四万円とすると、週平均2.5回、一回四万円とみれば一ケ月当たり四〇万円程度、年間四八〇万円となり、公表接待費の額にほぼ等しくなる。そのうえ、被告人が病気加療中数ケ月間は殆んど飲酒を避けていたというのであるから、仮に公表額以外の簿外接待費があるとしても、その金額は、とうてい検察官の主張する金額が最低少なくとも存在していたなどということは推認できないといわねばならない。

そうすると、八〇〇万円の根拠が、被告人において週五回一ケ月当たり平均六〇万円から七〇万円の接待費を支出していたという被告人の収税官吏に対する供述を基としているのであるから、右の前提において不合理な平均値をもととする一応の推計を根拠としているといわざるを得ないし、右調書における被告人の供述記載は信憑性に欠けるものといわなければならない。

(四) 更に、被告人は、八〇〇万円の内には、簿外福利厚生費として二〇%ないし三〇%が含まれているとも収税官吏に供述している。

そこで収税官吏は、被告人が右の簿外福利厚生費として従業員のゴルフ場視察にともなうプレー料金等として簿外で支払つた一四四万円、社員旅行の際、旅行先で領収書を貰えなかつたものの旅行関係として二一万円、簿外の会議費として会議関係四八万円の合計二一三万円とする供述をもととする被告人に対する質問てん末書を作成し、それを根拠として右簿外福利厚生費を算定している。

これをみると、被告人が簿外交際費として述べた金額のうち、二〇%ないし三〇%は簿外福利厚生費であつて、それが右交際費の中に含まれていると供述しているところから、ほぼそれに見合う数額を減算したものであり、証人Nも当公判廷において、裏付けのはつきりしない八〇〇万円の数字のうちから被告会社に有利にするために簿外福利厚生費を控除したというような供述をしている。

しかしながら、民事裁判における推計という一応の蓋然性の立証で足りるものであれば格別、刑事裁判においては、一応の立証では許容されず、実額たることを要するのであつて、しかも、福利厚生費は税法上全額損金とされ、交際費等と異なり限度計算損金不算入もないのであるから、従つて、両者は厳格に区別して認定することを要するものというべきである。

そこで右福利厚生費とされた金額のうちの旅行関係をみても、N女の質問てん末書によれば、忘年会と会社の海外旅行の際に簿外の賞与という形で全従業員に支給されたことがあり、その金額は、昭和四八年の台湾社員旅行の際には、自分(N女)は約七万〜八万を貰つた、各社員の支給額についても皆同じであつたと供述しており、当時の従業員数は二〇名前後とおもわれ、また、N女作成の上申書によれば、当事業年度における福利厚生の目的で、もつぱら全従業員を対象として慰安するためになされた忘年会の費用が九八万円を要した旨上申している。しかるに、本件八〇〇万円のうち福利厚生費とされた金額二一三万円の内の旅行関係は最大限二一万円とされており(被告人の質問てん末書)、しかして、その計算根拠は、既に述べたように、旅行が国内一回、国外一回の二回行なわれた際、領収書のもらえない支払いが一回の旅行につき国内の場合五、六万円、国外の場合一〇万円から一五万円があつたので、それを簿外としたものである旨の被告人の供述から導かれたものと認められる。

そうすると、本件簿外交際費とされた金額のうち、簿外福利厚生費につき、それが二一三万円の金額以上に存在することが充分推認され得るのに、右簿外福利厚生費の確認が不十分である。右の費用は全額損金算入となるので、交際費の支出とは厳格に区別して認定する必要があるにも拘わらず、本件両者の区分が不明なものがあるといわざるを得ない。

以上のとおりであるから被告人の前掲質問てん末書中、簿外交際費五八七万円の供述の記載は措信できない。

(五) 本件は、簿外交際費とされた支出の存在は一応は窺われるが、しかしながら、検察官の主張する五八七万円が少なくとも確実に存在したと推認することは至つて困難である。かえつて、福利厚生費の費用が、なお、前掲二一三万円の外にも右金額中に混在しているのではなかろうかとの疑いすら強く残るのであつて、従つて、或いは、五八七万円以下ではないかとの推認すら否定し得ないところである。

そうすると、結局、本件は、検察官の主張する簿外交際費損金算入限度超過額五八七万円については、当該事業年度において、それ以上あつても、それ以下ではないとの推認をすることはできないので右金額は認められないものといわざるを得ない。しかし、検察官は、簿外交際費判明分として銀座所在のクラブ三店における被告会社との取引内容照会回答書を提出しているので、右証拠を検討するに、右簿外交際費判明分とされた金額につき、公表帳簿である被告会社及びTウイークリーの備付帳簿と対比すれば、公表計上漏れの金額は、昭和四八年七月一〇日付三万三九九〇円、同月一二日付三万一三五〇円、同月一九日付二万四一〇〇円、同月二三日付三万〇九一〇円、及び同月三一日付二万四二〇〇円の合計一四万四五五〇円であつたことが認められる。

ところで、被告会社の公表帳簿及び昭和四八年九月期の法人税確定申告書によれば、右一四万四五五〇円が損金算入限度超過額となるので、前記五八七万円から一四万四五五〇円を差引いた金額五七二万五四五〇円は本件逋脱所得額から控除することとした。

三以上によれば、弁護人において争う本件勘定科目のうち、(二)期首簿外商品については七四九〇万五六〇〇円と認めて五九五万五六〇〇円を、(三)仮払金については一五万一六六六円を、(五)交際費損金算入限度超過額については一四万四五五〇円と認め五七二万五四五〇円の合計一一八三万二七一六円を本件逋脱所得金額とされた金額から控除することとした。

(法令の適用)

一、被告会社につき

法人税法一五九条、一六四条一項。

一、被告人につき

法人税法一五九条(懲役刑選択)。刑法二五条一項。

一、訴訟費用の負担につき

刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

別表(一)〜(三)の二<省略>

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